杓子blog

杓子による猫のための

私の常識が貴方の常識でないように、貴方の常識は私の常識ではありません。

同性愛者だと間違われた。

 

先日、上司に

・男と遊んだことがある

・狙っているんだけどうんともすんとも

・男心、わかりません

 

という話をした。

 

その上司は恋愛偏差値でいうならば2くらいしかなさそうなんだけど

・言葉で言わなわからんのちゃうか

・思い切っていうてみたら?

・気がなけりゃ遊ばへんで

と答えてもらった。

 

誰に聞いてもおんなじ答えだなと考えていると

「っていうか、男の子と遊ぶんやな。衝撃や」

と言われた。

 

 

 

どうやら同性愛者だと思っていたらしい。

 

  • 女として見られてはいなかったのでは。

今までに自分がどういう振る舞いをしてきたか、が一気に頭の中で再生されていった。

がさつであったり、男言葉を使ったり、男っぽいところがあるのは

認めるけれども、イコール同性が好き、というわけでもない。

常に、私はジャニーズが好きだと言い続けていたんだけれども

それは、「男でも女アイドル好きだけど、ゲイとかおるやん」とのこと。

別にその上司が好きってわけじゃないけれども女性としてみられては

いなかったのだなとその時にわかった。

ということは、職場にいる私の好きな人もそう思っていたのかもしれない。

一緒に遊んでくれたのは、「俺に特別好意はないだろうから、遊んでもいいか」

という答えが出たからかもしれない。

捨てきれない可能性が残り、自分に自信がなくなった。

 

 

 

同期に「そういわれたんだよね」と話のネタ程度に

ただちょっとクスっと笑ってほしかったから伝えてみると

「(同性愛者)今回はそうやなかったけど、もしそう(同性愛者)だったらどうするん?(上司は)そんな言い方して。」

 

キミはそういう考えでよかったよ。

 

 

同期が心配したのは、同性愛者に向かって同性愛者だよね?と聞く

または、女だから男が好きで間違いないよね?と決めつけるような、そういった意図のある発言をしたことに疑問を持っていた。

そこまで深く考えていはいないと思うんだけど。

 

 

  • 気にしていないけど答えが行方不明

あまり気にしていないつもりだったんだけど

ちょっと考え込んでしまうことがあって、インターネットで言葉の組み合わせを変えながら自分の答えを探すことがあった。

やっぱり気にしてる。

 

同性愛者に間違われる人はやはり何人かいるようで

嫌だなと思う人もいれば、気にしないようにすると考えている人もいた。

なかには、「同性愛者ではないと思っていたのに気づけば同性を好きになっていた。やはり自分は同性愛者ではないか」と悩んでいる人もいた。

 

私には現実にも芸能界にもすごく好きな人がいる。

女性も男性も含めてたくさんいるんだけど、まっすぐな気持ちで応援している私を

この「上司の勘違い(?)」という事実が干渉してくるようになってしまった。

 

男性アーティストやアイドルを応援していても

「あれ?私って男が好きなんだよね?そうだよね。恋愛するなら男よね」

と自分に言い聞かせるようになった。

 

宝塚歌劇団にも興味を持っていて、好みの男役もいる。

お金がないからというのもあるけれど、今はまさにこの発言が深く

浸透してきて、「また観に行ったら次、私はどうなっているかわからない」

という不安に駆られていくことも、行きたいと口に出すことも出来ないでいる。

好きになっちゃだめよ、と誰かに言われているかのようで。

 

  • 言霊

同性愛者について調べることなんてなかったので偏見等が入るかもしれないが

かつて、同性愛者は忌み嫌われる対象であった。それがサポートを表明する有名人や同性愛者だと公表している人達の努力によって前よりは受け入れられやすくなったと感じる。

だが、中には同性愛者でも公にはしたくない人もいる。自ら言わずとも

カミングアウトを強制することは許されないのだ。

同性愛者だから特別何かあるわけではない。

 

男性がわざわざ「ボク、女性が好きなんだ」

女性がわざわざ「私、男性が好きなんだ」

と当たり前のことを言うわけがないのと同じように

同性愛者ということを公言する必要はない。

同性愛者なのか、異性愛者なのかを決めつけるような発言は

思った以上に言われた側に深く入りこんでくることがあるから

そう思ったとしても相手には言わないでほしい。

自分からカミングアウトしてきたらそれはそれで受け入れればいいし

何も言わないようならそのままにしてあげてほしい。

 

 

根っこを大事に

人間って心の底ではみんなにチヤホヤされたいっていう願望があると思うんだ

コンプレックスとか自分の魅力を上回る人(みんなに注目されやすい人)が周りにいることでその願望がなくなったり、そもそもそういう状況下にならないこともあるんだけど。

私もチヤホヤじゃないんだけど
誰かがチヤホヤされているといいなと思ってしまう
今回のその願望が出てくる


神社に行ったとき忘れられない絵馬があった。
許可とってないんだけど内容書くの許してください

内容としては
「みんなにチヤホヤされてる○○が憎くてしょうがない。常に誰かに奢ってもらったり、物を貰ったり目をかけてもらったりと。
あいつじゃなくて私にそういうの(施し‍?)が来るようにお願いします」わかります
嫉妬しちゃうよね、悪口も言いたくなるよねて同情した。

それってあなたの人生にはポジティブな意味で必要ないんじゃないかなと思った

 

それだけ
自立してるってこと。
人間らしい生活しているってこと。
立派に生きているってこと

 

胸張って生きて欲しい

隣の芝生は青くても
根っこはどうかわからないよね

根っこは大事にしてほしい

 

 

縁切り神社にあった絵馬でした。
彼女はどうしているだろうか

読書感想文

読書感想文って終わりの見えない地獄だったと

 

とはいえ私、「義務教育って宿題やらなくても卒業はできるでしょ」という甘い考えでほとんど読書感想文を書いたことないんです。

 

宿題は自己管理だったし出さなくても落第するわけでもなかったので書いた記憶がない。

 

初めて書いた読書感想文なんか

普通話が変われば段落として改行するのに

400字びっちり書いてた。

話聞いてない私

病気かなと思う

 

私に仮に桃太郎で書かせてみな

「桃太郎がももから生まれた意味がわかりません」から始まるんで。

 

読書感想文はその子の実力のみで書くと思いきや、熱心な家庭は何度も何度も書き直しをさせる。賞を狙っているのか成績目当てなのか

 

僻み妬みの私は、読書感想文提出すらしないのに表彰されている人に嫉妬しまくってた

 

 

 

私の文章力が高いか と言われればそうでもない

比べるのが会社の人らなら圧倒的に勝てるとは思う

 

 

 

本気で読書感想文書いてたら

普段から本を読んでいれば

 

 

ジリアン・マイケルズ1日目

ジリアン・マイケルズって知ってるかい

ビリーズブートキャンプって流行っただろう‍?

あれの女版だ

 

 

ダイエット決意しダイエット器具などを即購入するも一日で飽きることが多かった

ジリアン・マイケルズのDVDも実は1年前くらいにAmazonで買って1日やって封印してしまった

 

やるとわかるけど普通にジタバタ動くもんで家族に見られるのが嫌だった

それから三日坊主なので続かなかった

 

 

ただ先月行われた健康診断でとんでもない数値をたたき出したことでアラサーだし

健康に気をつけなくてはと考える

 

一人暮らしし始めて誰かに見られることはなくなったので、始めてみました

 

19時35分現在

ジリアン・マイケルズウィーク1  1日目

〇5.0kg

 

十の位は伏せます

ただ女としてほんとにやばい数値

目指すは54kg

 

観客を掌の中に

ポルノグラフィティのファンになって10何年…参戦回数は10回超えてから数えるのをやめたくらい行った。

とにかくとにかく素敵な男たちなのですが先日デビュー20周年を迎えました。

記念ライブが行われる東京ドームで2日間参戦できた

初日はアリーナ、最終日はスタンド席

 

たまたまこういう席順になったんだけど

2つの視点でライブをみることができたの。

初日は東京ドームという広い空間だったがステージとの近さゆえ、「ポルノグラフィティと私」「バンド対私」という時間が作られていた。

ポルノグラフィティっていうバンドであることはもちろんなんだけど、1人っていう単位でもいいんじゃないかというくらい。化け物でもいいか。

1化け物=ポルノグラフィティ

 

最終日は全体が見渡せたので「ポルノグラフィティと5万5000人」

みんなステージに向かって、手を振る、叫ぶ、跳ねる

それに応えるように、ステージでも手を振る、叫ぶ、跳ねる

 

 

これほどの人が、ここに来れなかった人も含めてとんでもない数の人たちがポルノグラフィティを愛している様子がよくわかった。色んな感情が飛び交っていた。

二人とも、何度も何度も手を止めて見渡してた。

どんな気持ちなんだろう。

 

 

  •  「あのロッカーまだ闘ってっかなー?」

 

ロッカーを、服とかを入れるロッカーだと勘違いしていた頃から

プッシュプレイを聴いていたが

 

闘っていたよ。

ポルノグラフィティの技量という武器

サポートメンバーという武器

ファンという武器

 

いろんなものを引っ提げて、東京ドームに彼らは立っていた。

 

 大きな舞台に立てるアーティストは最初は誰しも1人、個人という状態から

初めているわけでここまでくるのにすごくすごく苦労をする

彼らも同じなんだけど、そんな素振りを見せない。

鬱期だったとか不良債権だったとか、そんな言葉が彼らから出てきたけど

それをこんな大舞台で言えるようになるなんて。

 

 

 

  • 「一つ何か信じてください。」

 

目の前で実証されたからには非常に重みのある言葉。

 

支えていたのはファンだけじゃない

サプライズゲストで来てくださった本間昭光さんとNAOTOさん。

彼らはあくまでも支えていた人代表として登場しただけ!?

2人しかいないんじゃないんだぞ!

身近に支えている人はもーっともっといっぱいいるからね。

 

本間さんが出てきたときは金切り声あげたし

遠目に金髪がみえて理解できた瞬間に

「NAOTO!」って金切り声あげたし

愛が呼ぶほうへでは、泣いてしまった。

 

’’僕を知っているだろうか いつも傍にいるのだけど’’

の「僕」ってポルノグラフィティのことなんじゃないか?と気づいてからは

涙が止まらなかった。

いくらポルノグラフィティが好きでも、生活しているなかで一瞬ポルノグラフィティという存在を考えない時ってあるじゃないですか。

ご飯を咀嚼しているときにポルノグラフィティのこと思います?

トイレしてジャーって流すときにポルノグラフィティのこと考えたことあります?

ビンタされた瞬間に「あぁポルノグラフィティ・・・」って思わず言ってしまったこととかあります?

 

忘れるというかわざわざ考える必要のないくらい身についた、染みついた

存在なのだと思うのですよ。

 

喜怒哀楽を繰り返す人間生活。落ち込んでしまうとなかなか顔をあげることができなくなってしまうこともあるでしょう。だけど僕たちはいつも傍にいるよ、思い出してってあの曲が、教えてくれたような気がして。それに気づいてとんでもなく泣いた。

ただのド変態恋愛ソングだと思っていた私が憎いよ。

ドドドド変態共依存恋愛ソングだ。

 

 

 

 去年、Queenの「ボヘミアンラプソディ」という映画が公開された。

話題になってこともあって私は特にフレディマーキュリーについて調べていた。

 

 

フレディ・マーキュリーは「彼は間違いなく観客を手のひらの中につかんでしまうことができる人物だ」と言われているのだけど

見つけたよもう一つ。

それは

岡野昭仁新藤晴一による

 

ポルノグラフィティ

自分は信じていい

大学の先生が言った言葉

“初対面で人と会ったとき、たまに「ウッ」って思う時あるでしょ?あれって大事にしたほうがいいよ”

 

これは、初対面で人と会った時に「この人は…」「うーん」と少しでも拒否反応が出たらその人と深く関わらない方がいい、ということを言ってる

 

先生は第六感的なものだと言ってた。

 

社会に出て、現時点ではまだ1社目だけどすでにそういう人はいっぱいいる。

誰にでも分け隔てなく接し、人当たりも良さそうな人でもウッとなった。

 

見かけじゃわからない

話してみるとちょっとわかるときもある。

深く関わって傷ついてわかることもある。

傷ついて学ぶことも多いけど

できるだけ回数は減らしたいでしょ?

だからこそ、第六感的なものは持っておいたほうがいい